『極値問題の理論』についての訳者補足
訳者として、いくつか補足しないといけないと思ったところを解説しておきたい。
まず、本書には大量の訳注がつけてある。本書はトピックとして非常に多くのものを取り扱っているのだが、その分個々の論点についてはskippyであるところが多く、埋めなければ読者にとってストレスの元になると考えたためである。
ただし、主に時間的原因で、埋められなかった箇所が若干ある。ここではそれについて解説していきたい。
1)目次について
いきなりだが、実は英語版と目次の振り方が違う。
というのは、英語版は「補足」と書かれている章については章立てしていないからである。そしてその中には10.4が含まれている。英語版の序文には10.4節があるのに、目次にはない! 当初我々は非常に混乱し、ドイツ語訳を当たって、そちらでは目次が英語版と違うことを発見した。日本語版の目次は、そういうわけで、ドイツ語版に合わせた形になっているのだが、ロシア語版がどちらで書かれていたのかは、結局不明である。
2)第0章の訳注11について
t_0を除いて右側連続と書かれているのだが、なぜt_0を除くのか、僕には最後までわからなかった。
僕の理解では、μ_i(t)は、測度μ_iに半直線(-∞,t]を入れて出てくる関数だという認識だったのだが、結局この理解が正しかったのかどうかもいまいち不明である。Ioffe先生にメールで尋ねたのだが、よくわからない答えが返ってきたので、正直に「よくわからなかった」と訳注に書いた次第である。ただ、これが後々の議論に問題として響くことはなかった。
3)第1章の定理5について
このパートは虞くんの担当だったのだが、かなり直前まで悩まされた箇所だった。定理3から出るとはどうしても思えない。
ウィーン工科大学の学会においてIoffe先生に直接尋ねたときには「たしかに問題があるね。6月までに正しい証明送るよ」とおっしゃられていたのだが、その後いろいろあって忘れられてしまったようである。土壇場で僕が書いた注釈がそこに付けられているが、虞くんはこのやり方でいいのか最後まで疑問を呈していたので、もしかしたらなにか問題があるかもしれない。問題があった場合、それは僕のミスであることを、虞くんの名誉のために申し添えておく。
4)スライディングレジームについて
いい訳語が思い当たらなかった。もし定番の訳があるなら、申し訳ない。
5)第4章の訳注13について
土壇場まで考えたことのひとつ。Ioffe先生にお会いして尋ねた際には、「連続だったら片側微分でもニュートン=ライプニッツの公式は成り立つから大丈夫」とだけしか説明されなかった。そこで参考文献を探そうとしたが、見つからなかった。仕方ないので自分で考えた証明をそこに付けた次第である。この証明が間違っていた場合の責任は僕にあることをここで明示しておく。
6)第9章第2節の定理1と定理2について
信じがたいことに、この証明は英語版ではほぼ自明であるかのように書かれていた。担当者であった虞くんは大量の訳注をつけることによって対処しようとしたが、その結果として訳注で2ページが埋まる結果になった。これはさすがにまずいと思い、訳注の部分を本文に変えて、注記を入れた上で、大幅に書き足すことにした次第である。
ちなみに虞くんは時間が足りなくてタイムアップし、僕が引き継いだので、その部分の文章はほぼ僕の手癖で書かれている。なにかあったら僕の責任である。ちなみに、僕はアメリカ数学会の講演のために飛行機に乗る直前にここの文章を書いたので、なにかある可能性はあまり低くない。
7)9.3節の定理3について
このあたりになると時間ギリギリだったので本当に最小限の確認しかできなかった。そしてメールでIoffe先生に尋ねた結果も芳しくなく、あまりよく理解できなかった。英語版ではP_τの定義が異なっていたのだが、それだと証明がつながらないと考え、つながる形に変えてある。しかし、そうすると英語版と同じ結論は出てこないので、かなり書き換えた。
ちなみに、訳注75については、Ioffe先生はリャプノフの定理をうまく使えば二番目の式が示せると言っていた。が、我々には確認する手段も、時間も残されていなかった。結局、英語版とここは内容がそもそも食い違うことになってしまったが、仕方がないと思っている。
8)参考文献の引用方法について
とても現代的でない引用になってしまっているが、これは英語版からそのまま写したためである。
直すことも企画したのだが、時間内に直しきれないと判断してこのままにした。ちなみに、日本語版序文はIoffe先生が新たに書いた文章なので、現代的な参考文献の書き方になっている。
以上。
追加でなにか聞きたいことがあればhosoya(at)tamacc.chuo-u.ac.jpまで。